不登校・引きこもりからの大学進学塾

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殴られても殴られても……。

一通り主要な試験が終わり、ようやく少し一息つける時間を持てました。数時間でしたが、ずっと保留状態だった渓流釣りにも行けましたし、荒れた畑も少しだけ綺麗になりました。コンビニ飯をかっこむだけの毎日でしたが、やっとこさ、ご飯に豚汁にホッケに生野菜と、人並みの食事にもありつけました。ありがたや、ありがたや。

そんな中、決算の処理もある程度済み、ペットのウサギの顔マッサージ休暇をしていました折、ふと思い出しました。今飼っているウサギはもう7年ほどの付き合いになるのですが、この子を飼い始めたときの日々のことです。

当然、私もまだ結婚していませんでしたし、CARPEFIDEMもウサギの体も、まだ今と比較すれば小さかったですね。規模も小さかったのでトラブルもほとんど無かったですし、ある意味平和と言えば平和な日々でした。私も30前で、良くも悪しくも未来に対する挑戦的意欲に溢れていたと思います。(今が挑戦的でないという意味ではありません。多分。)

7年が経過し、ウサギの体と共に、CARPEFIDEMも大きくなりました。大きくなったと言っても、せいぜい小学校の一学級程度ですので、大した規模でもないのですが、それでも随分変わりました。

 

良い部分は沢山ありました。これまでも、卒業生の子達が何のかんので集まってくれていましたが、その規模が大きくなりました。分野も多岐にわたり、医学や獣医学、薬学、看護学、理学、工学、農学、経済学、文学、法学、教育学と、大体の方向性は網羅した感じです。今年の春もまた、帰省ついでに暇になった子達が遊びに来ます。

イベントも増えました。小旅行や飲み会だけだったのが、古民家を買って改修したり、合宿所で勉強したり、漁船に乗って太平洋で海釣りをしたりと、個々人の提案一つ一つで、行動幅も広がりました。近いうちに、海外旅行も念頭に入れたいと話をしています。

環境も良くなりました。都内の中心地にあるため、どうしても家賃が高く、学習スペースの問題は懸案だったのですが、それもかなり良く改善されました。とりあえず、今年で一通り落ち着けるでしょうか。

 

一方で、困ったことも出てきました。何より目立ったのが、バッシングです。炎上事件もありましたし、おかしな人達からの嫌がらせもありました。悪質な事例には、警察の方にご協力頂いたこともありました。(今は、ネット上でのこともかなり迅速に動いて下さるようで、驚きましたが。)

私がサイトで主張している話は、要約すると、

「自分でお金を稼ぎ、精神的に自立し、自分のことは自分で世話しましょう」

というシンプルなもので、そのために何をしたら良いか、その方向性の一つを設定しているだけです。あまりに当たり前で単純なこと故、まともな考えを持った人なら、普通は同意してくれます。逆に言えば、この程度のことにさえ反対するのは、少々困った人ということになります。

規模が大きくなり、この手の困った人達の目にとまるようになると、CARPEFIDEMもボコボコに叩かれるようになりました。話をまとめてくれた友人によると、私は既に人を何人も殺している殺人鬼だったり、コラムの内容を全てでっち上げている三流小説家だったり、引きこもりや不登校を叩くことだけが趣味の変態だったりと、踏んだり蹴ったりです。ネットでは、一度叩かれ始めると、あることないこと無茶苦茶に言われると聞いてはいましたが、正に身をもってそれを知ったと言えます。

で、正直なところ、最初は困りましたね。どうしたら良いものか、解答も無いですし。ただ誠実に回答するしかありませんでしたが、せいぜいがそんなところでした。

 

それでもありがたかったのが、バッシングがあっても、必ず下から私を支えて下さる方々が驚くほど多数いらした点です。

引きこもりの居場所のボランティアスタッフの方は、

「大村さんのサイト、燃えてましたね(笑)。うちでも話題になってましたよ。でも、キレてたのは手遅れ系のおっさん達だけで、年下の子達はやる気出して、ここも卒業していきました。叩かれるとは思いますが、正しいことをしたと思ってますよ」

不登校の子を持つ親御さんからは、

「踏ん切りつきました。どこかで絶対に言わないといけないと思っていましたけど、今日必ず言います。主人にもきちんと責任持って考えて貰います。家族全員で一緒に戦います。ありがとうございます」

当事者の方からは、

「そんな気はしてたんですけど、やっぱヒキってりゃ駄目ですよね。皆何も言わないので、何とかなると思ってたけど、どうにもならないって言ってくれたの初めてです。最初はムカついたけど、今は感謝しています。ムカついてた俺がおかしかったってことですね」

と、まともな人達は、まともな考えに回帰していったようです。

ただ、私も本当によく殴られました。スタッフの側からも、

「たまに、大村さんはマゾなんじゃないかって思いますよ(笑)」

なんて言われていますが、殴られれば殴られるだけ、感度も鈍るんです。傷の上に傷が重なり、皮も厚くなってしまい、多少のことには全く動じなくなってしまったのかも知れません。

多分、私がここで書いている内容は、表現がキツくても、生きていく上では重要な部分だと思っています。殴られても殴られても考えを変えないのは、自分が間違っていないという確証を、様々な人達から受け取っているからなのでしょう。

何もしなければ殴られることもありませんし、傷もつきません。逆に、何かすれば必ず殴られますし、傷もつきます。ただ、まともなことをすれば支持してくれる人も増えますし、皮も厚くなってダメージも減ります。集中攻撃を受けることもありますが、それを上回る援軍も出てきてくれます。

今年のCARPEFIDEMは、どういうわけか春からの申し込みが例年の三倍ほどになっていて、恐らく年度のどこかで募集を停止することになると思います。これも多分、「当たり前」を理解する人々からの理解があってのことなのだろうと思っています。本当にありがたいことです。

今年卒業する子達は、私がボコボコにされているのを知っていますので、まあ大丈夫でしょうが、ついでに言っておきます。

「多分、君らも僕の10分の1位は大学でボコされると思うけど、自分の考えが間違ってないと思ったら、自信を持ってボコされてきなさい。重傷からは逃げないといけないが、間違っても小さな怪我から逃げてはいけないよ。怪我の上に怪我が重なって、自然と頑強な精神ができ上がってくるんだからね。ボコされても、『まあ、大村よりはマシだな』と考えていたまえ」

 

時間が無いと、自分を省みることも出来ませんが、今日の自分には時間がありました。そして、昔を思い出させてくれる、ウサギ様というありがたい存在が傍らにいました。多分、これからも私は方々で殴られるでしょうし、それでもまた適度に耐えるでしょう。自分の良いところは、鈍さにあります。決して切れ者でもありませんし、優れているわけでもありませんが、耐久性だけはなかなかのものです。

ウサギの顔マッサージ休暇なのに、物言わぬウサギに自分を教えて貰った、不思議な一日のお話でした。

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