不登校・引きこもりからの大学進学塾

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引きこもりから抜けるなら、若いうちに

 毎年必ず、在籍している誰かから「もっと早くにCARPEに来ておけば良かった」と言われる。「早くに知っていれば、現役で受験も終わっただろうし、無駄に悩むこともなかった」と。「今から考えれば、不登校期間の悩みは、ほとんどどうでも良いことだった」と。

 正直、「そんなこと言われても・・・・・・」が本音だけど、まあその子達の言いたいことも分からんでもない。やってみるまでは未知で怖いけど、やってみれば早々にケリがつくことも珍しくない。やって初めて、事の容易さに気付くのが普通だし、それはそれで仕方ないと思う。

 ただ、この「気付くまでの速度感」は人によりけりで、速いのもいれば、遅いのもいる。個性と言えばそれまでだけど、当然速い方が有利だし、遅い方が不利。遠慮無く言えば、遅くて良いことはほとんどない。

 認識の遅さが、致命傷になることもある。進学校出身の、医学部志望の青年(20代後半)。一度面談した際に、「まだギリギリ間に合うので、そろそろ動いた方が良い」とアドバイスしたものの、結局グダグダが伸びすぎて、既に30代半ばを越え、事実上その選択肢を喪失。

 本人はどうにかなると思ってたっぽいけど、どうにもならなくなった。プライド高そうだったので、高校生の下についてのアルバイトなぞ出来ないだろうし、親が死んだら野垂れ死ぬか、良くて社会に迷惑かけながら生活保護か。勉強の素質はあったのかも知れない。が、ここまで遅いと、最早どうにもならない。

 逆に、30直前まで動いてなかったものの、「経歴考えると正直微妙だけど、やるだけやってみよう」と話すとすぐに動き出し、二年足らずに医学部に入ってしまった卒業生もいる。元々心優しい性質のヤツなので、きっと良いドクターになるでしょうな。

 速い子は、アドバイスに対するレスポンスが非常に良い。無論、動き出す適切な「時期」というものはあるので、少しずれて動く可能性も十分あるし、それはそれで良い。少なくとも、人生捨てるレベルまで遅くならなければ、問題ないと思う。

 逆に、遅いのは文字通り「死ぬまで」動かない。理由は色々あるのかも知れないけど、社会に余裕が無い以上、正直理由なんて二の次三の次。社会は若い子にしか配慮してくれないし、無能なおじさんおばさんなんて、そもそも存在意義がない。社会を引っ張れる、人の助けになる存在になって初めて、おじさんおばさんでも、社会は存在を認めてくれる。

 若さは、タダではない。若さとは、どんなダメ親でもクズ親でも、必ず子供に与えてくれる「貯金」。手加減して貰えるうちに、その後の人生の備えを作るよう与えられた猶予期間に過ぎない。若さと言う名の貯金が無くなれば、ただ貧しいだけの中年・老年期が待っている。厳しいようだけど、これが現実の世界。

 若さを無駄遣いしてはいけない。無駄遣いの傾向があり、自分自身で「遅さ」を認識しているなら、そして、その危険性を少しでも感知しているなら、出来るだけ「速く」その性質を変えて欲しい。それが最終的には、自分のためだけでなく、確実に周囲のためにもなる。

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