不登校・引きこもりからの大学進学塾

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不登校・引きこもり雑感14

 過剰に忌避するわけでもないけど、初対面の人と仕事の話になったとき、「不登校や引きこもりの教育支援を行っている」旨話すと、「立派な仕事ですね」だとか「偉いですね」みたいな反応されることが結構ある。が、あれ正直止めて欲しいんだよな・・・・・・。

 文脈としては、「弱者救済してる健気なNPO」みたいな扱いって言えば良いのかな。何と言うか、そんな印象で接してくる。いや、NPOじゃないし、最初から完全営利ですわ。「弱者救済してる偉いボク達を褒めてね?」みたいな匂い出してませんから。自分も嫌いですから、そういう立ち位置。

 が、中には露骨に「社会から転落した可哀想な弱者を救済してる人」みたいな反応する人もいて、個人的には不満。一応、相手には悪気がない可能性もあるから、それなりに笑顔で聞いているけど、腹の底では、

「いや、ここの卒業生は、てめえなんかより遙かに有能なのゴロゴロおるで? 調子に乗るなよ?」

とか思ってる。笑顔で。

 不登校・引きこもりのイメージって、変な支援者が作り出した弱者像が先行していて、本当に困る。この人達のおかげで、どれ程面倒が増えたことか。不登校も引きこもりも、救済待ちで何もせず、「社会が悪い!」とか抜かすド底辺ばかりではないのですよ?

 同時に、自分としては、「弱者救済」しているつもりなんてないし、「良い事しています」アピールもしない。寧ろ、「悪いことしてます!」位のつもりでやってる。完全にビジネス。最近流行ってる、あの引き出し屋みたいな感じ? 悪いことしてまっせ?

 そもそも、弱者救済をウリにする人達って「臭い」ので、正直好きじゃないのよ。蓋開けてみれば、福祉系支援者が胡散臭いことてんこ盛りだった現実を見てきたせいもあって、「そんな連中と一緒にするな!」というのが本音。これは過去一貫して変わってない。

 不登校・引きこもり業界のスタンダードは「助けて助けて」の頭悪い展開ですが、そんなのばかりではないことが伝わると。

不登校・引きこもり雑感13

「引きこもりに対して、思いやりをもって接しましょう」

は、既に引きこもり支援業界における不文律みたいになってるけど、正直あれは止めた方が良いと思う。(まあ、今更もう無理なんだけど・・・・・・。)いや、別にそれが幅広く実行可能で、現実に改善ルートに繋がっているなら良いけど、実際はほぼ真逆。

 家庭に精神的・経済的余裕があるなら、多少は可能かも知れない。ただ、ベタ甘な「思いやり」で人生終了みたいな中年引きこもりが溢れている上、社会の側が恒常的に思いやりを持って接してくれることなど、まずあり得ない。思いやり前提の行動指針は、社会に出る前後でいつか破綻する。

 しかも悪いことに、この傾向を受けてか「思いやりを持って接して貰うのが当たり前!」のようなイタい当事者が、30~40歳以上の手遅れ群を中心に漸増していて、特に社会経験のない長期高齢引きこもり群の思考は、社会の平均から大幅にかけ離れてしまっている。

 少し前にTwitterにも上げたけど、基本「思いやり」を向けられる段階で既に弱者判定されている訳で、中学生や高校性ならまだしも、自立を旨とした人間からすれば、これほどまでの侮辱はない。そこを、積極的に「思いやり思いやり!」なんて言って喜んでいるようでは、最早尊厳なんか消し飛んでいる。

 個人的には、このような尊厳の消し飛んだ人間を量産する原因が「思いやりを全面に押し出した支援」に見えてならない。表面的には正しいように見えるし、スタートの切り口としては良いかも知れないが、この方向性を提示した支援者は、一体どのタイミングで社会との摺り合わせを行うつもりなのか? ベタ甘な状態を続け、何の訳にも立たない無能を量産し、最後は生活保護前提で社会に丸投げするのではないか、という疑惑が、どうにも消えない。

 良い顔は、誰にでも出来る。しかし、必要なタイミングで厳しく接することは、非常に難しい。最も困難な要素を二の次に、表層だけ取り繕う浅ましさは、引きこもり支援業界に延々と残る悪習。分かる人は、避けて欲しい。

不登校・引きこもり雑感12

 経験則ですが、脱不登校・脱ヒキしやすい子、というカテゴリーは確かにあって、個人的認識では、「量産型秀才」がこれに該当します。

 量産型秀才とは、大体東大や京大等の旧制帝大系や、早慶あたりによくいるような、「まあまあ飲み込みが良く、記憶力もそれなりにあるけど、特段天才的な能力は無い人間」のこと。公立の学校ならいつも上位にいるけど、一流校に行けば、取り立てて目立つこともない程度の層、と言うと分かりやすいでしょうか。

 この層は、様々な意味でバランスの取れていることが多く、適切なガイドラインがあれば修正が効きやすいので、色々と楽。能力値も高いので、社会復帰後の所得水準も悪くないです。

 量産型秀才の不登校・引きこもりは、所謂「青年期の課題」程度のものがきっかけであるケースが主流で、同等レベルの「話せる友人」がいるだけで、大半の問題が解決したりします。トラブルとしては、極めて軽度。

 社会復帰は、大学進学が最も楽。持ち前の知能を活かせる上、就職に繋げることも出来、20前後までに進学すれば、何事も無かったかのように社会人化するケースも珍しくありません。

 ただ、その強みを活かせるのは、せいぜい20代のうちまで。30代に入ると進学ルートが消滅するので、標準的引きこもりとほぼ変わらない状況に陥ってほぼアウトに。20代までの行動が、その鍵となります。

 と、いうわけで、自分が量産型秀才だと自認している方は、さっさと脱ヒキをどうぞ。案外簡単ですよ。

不登校・引きこもり雑感11

 引きこもり家庭の相続問題、荒れてきてるな・・・・・・。

 引きこもりの相続系の話聞くと、本当にしんどい。ロクに働かない引きこもりがいるだけで、親族関係者の結婚や出産に影響出るのに、親が○ソだと、「私達が死んだら、あなたが○○(引きこもり)の面倒を見て・・・・・・」なんて言ってくる。こんな相談が、着実に増えてる。

 CARPEでテーマになるのは、実家に引きこもりがいる兄弟姉妹の話が主流なんだけど、彼等の親に対する言い分としては、

○何故、働きもしない子供の世話を延々しているのか?
○引きこもりを守るのは、もういい加減やめてくれ。
○引きこもりのいる家の管理どうするの?
○子供達も自分達の家には、絶対に来させないで欲しい。
○親子共倒れになった後で、自分達に金銭を要求しないで。

 そりゃまあ、そうよね。社会全体見渡せば、引きこもりになる前に家から叩き出してる家庭なんてザラにあるし、その現実を兄弟姉妹も知っている。それ故、自分の親の腰抜けっぷりも分かっている。と言うか、この腰抜けっぷりに苛立っている兄弟姉妹は非常に多い。

 兄弟姉妹側は、自分達に影響来ることが分かっているので、危機感が強い。引きこもりがいるだけで、自分のライフプランに悪影響が出るのは間違い無い上、親亡き後の厄介事が一方的に増えることになるから、それは自然なこと。

 一方、親側としては、荒事に耐えられる年齢でもなく、惰性で現状維持を選びがち。家庭内暴力を誘発する可能性や、最近増えつつある、引きこもりの無差別殺傷事件のことを考えれば、面倒なことはしたくない。

 必然的に、家族間の乖離が大きくなる。引きこもり1人発生するだけで、家庭は容易に破壊される。

 一方で、引きこもりの居場所や、当事者の集まりで、

「何もしていないのに、引きこもりが批判されるのはおかしい。自分はありのままで生きたいだけなのに」

なんて主張する引きこもりは、今でも結構いる。「何もしてないのに」ではなく、「何もしてないから」批判されているのに、それが全く分かってない。無為無策はニュートラル評価ではなく、明白な加害行為。「何もしない」という選択肢は、確実に周囲への迷惑となっている。

 生きていれば色々あるから、数日休むのは普通だし、1ヶ月でも構わないと思う。体が弱いなら、1年でも良いかも知れない。でも、3年引きこもりは流石に変だし、10年引きこもりとか、ほぼ狂気に近い。若いならまだしも、40過ぎの20年選手とかだと、ただの無能としか言えない。

 引きこもり当事者の「何もしない」は、今現在も兄弟姉妹を追い詰めている。この現状は、「何もしない」を肯定するおかしな左派系支援者達の置き土産。猛省を促したい。

不登校・引きこもり雑感10

 脱ヒキの際に目標としてお薦めなのが、「量産型エリートルート」。

 量産型エリートルートとは、所謂進学校や、MARCHや早慶等、有名私大の附属校等に在籍している学生さん達と似たような方向性を取った上で、多少なりとも就職安定性の高い専門職系ルートに乗り直すこと。要は、CARPEでよく話している医学部とか薬学部とかで、日常生活のあり方もこれに合わせてしまうと楽みたいですね。

 量産型エリートの良いところは、既に規格化された経済的安定性と社会的地位が最低限パッケージ化されているため、余計な思考が不要なのと、全ての能力修正が「そこそこ」で構わない点。経験則上3年もあれば、0スタートでもほぼ全てのルートに戻ることが出来、その間に生活面や対人関係の修正もついでに行っておけば、大学でもそんなに困らないようで。「ちょっと苦手な部分もある大学生」という、分かりやすい完成形が一つ出来上がり、その後は、元の環境とのリンクを維持しながら段階的に新生活に慣れていけば、それで終了。

 この種の量産型エリートは、15年以上前から成功例が安定的に出ていて、目立った問題点がほぼなく、「引きこもりは能力問題故、有能化が鍵」というポイントがそのまま活きています。

 以上のような現状により、量産型エリートに乗れる不登校・引きこもり当事者は、特段の心配は不要。適度に不登校や引きこもりやって、適度に社会復帰すれば良いだけなので、かなりお手軽。言い方悪くすればチョロい話で、中学受験や高校受験で一定以上の学校へ通っていた子なら、ほぼこれだけで解決したりします。

 逆に言えば、この量産型エリートに乗れないケースはかなり厄介。年齢が30を超えてる場合や、基礎学力が著しく低く修正困難な場合、対人関係の構築に極端な問題を抱えている場合等は、通常の就職ルートに乗るしか手がありません。

 ただ、この通常の就職ルートは、割の良い仕事から先に埋まるため、不登校・引きこもり経験者が、旨味のある仕事にありつける可能性は極めて低いと言って間違いないでしょう。

 これまでの実例では、所謂「職人的技能」がある者や、「一点突破型の才能」があって起業する者、親族関係の「縁故採用」を利用した者程度しか、量産型エリートに匹敵する立ち位置を得たケースは無く、それ以外は、ほぼ全てが不安定な労働環境と低賃金での就職が既定ルート。「無能力が引きこもりを長引かせる」の根拠の一つです。

 これは基本変わらない現実なので、いかにこの状況に陥らないよう先手を打つかがキーになります。

○若いうちに動け
○勉強はしておけ
○人付き合いは大切
○金稼げる仕事に就け

のような当たり前を、極力早期に実行することが要でしょう。

 不登校・引きこもりは通常ルートから逸れてしまうため、どうしてもキテレツな人生を模索する人が多いですが、客観的に見る限りほぼ失敗している上、何より経済的自立が確保出来ていません。「馬鹿の考え休むに似たり」ではありませんが、下手な知恵を巡らすよりは、早々に頭を切り換えて、パッケージ化された既定ルートに乗ることをお薦めします。

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