【不登校・引きこもりからの大学進学塾】 CARPE・FIDEM

不登校・引きこもりからの難関大学・学部進学塾

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 CARPE・FIDEMでは、「八起進学校」と共同で、これまでの活動経験から不登校・引きこもり問題の状況改善に効果的と判断される情報をコラムとして提供しております。この分野の問題は、小さなきっかけが原因で解決することもしばしば見受けられます。先人達の姿を知ることで、ご自身の明日のあり方を模索する一助として頂ければ幸いです。

 当コラムについては、これまで多くのご意見を頂いておりますが、高齢当事者への配慮が必要とのご意見がありました。そこで、各コラムの対象者をアイコン表示しております。

■アイコン説明■ 
   中学・高校不登校の学生さんや引きこもり当事者の方を対象としたコラムです。
   20代の引きこもり・NEET当事者の方を対象としたコラムです。
   30代の引きこもり・NEET当事者の方を対象としたコラムです。
   不登校・引きこもりの課題を抱えるご家族の方を対象としたコラムです。
   人によっては特に厳しい内容のコラムです。「傷つきやすい人」の閲覧はお薦めしません。

 尚、現実に即した内容を心掛けているため30代過ぎで、特に引きこもり期間の長い方や、家庭の問題を社会や行政機関に責任転嫁する傾向のある親御さんの閲覧は、基本的にお薦めしません。CARPE・FIDEMは、あくまで「自立」を最優先する組織です。閲覧した後に「心が傷ついた!」等の主張をされる方が時々いらっしゃいますが、事前警告を無視しての閲覧には責任を負えません。あくまで、改善見込みのある方を対象とした「現実論」を取り上げる場であることを了解の上で閲覧して頂くようお願い致します。


表題 概要

 
不登校 なったら次に 何をする?
〜不登校の具体的解決策〜

不登校になると、親も子も、これから何をして良いのか分からなくなってしまうことがあるでしょう。分からないが故に、ただ何となくゲームやインターネットで日々を過ごしてしまうこともあるでしょう。しかし、自分の人生に対して戦略を持っている子達は、不登校という状況から、「生きる」ことの本質を嗅ぎ取っているようです。


 
不登校 気付いたときには 30代
〜手遅れ引きこもりの実情〜

「不登校のままで、何もしなかったらどうなるんですか?」という分かりやすい問がありましたので、今回は、本当に何もしないまま30歳を過ぎてしまった引きこもり当事者の話をまとめておきました。「特定の誰か」ではなく、「大体こんな感じ」程度のものですが、反面教師としては参考になるでしょう。


 
引きこもり 親の姿勢は 三通り
〜親の無策とその悲劇〜

 
今となっては、引きこもりや不登校の子を持つ親御さんは別段珍しい存在でもありません。引きこもりも不登校も、どの家庭でもありうる問題です。しかし、それに対する応じ方は全く別物で、これが事実上の「分水嶺」となっています。賢い親とは何なのか?第三回目はそれがテーマです。


 
脱ヒキを してはみたけど 逆戻り
〜嘲笑に病む引きこもり〜

  
「脱ヒキするぞ!」そんな意識がありながら、結局何も出来ないでいる当事者達。彼らの「失敗」とはつまり何なのか? それなりに真面目に生きている当事者でも躓く要因とは何なのか? 同じ間違いを繰り返さないためにも、前例を知ることは大切です。今回はそれについて考えてみます。


 
本当に 「心」の問題 なのですか?
〜心理という抽象論への逃避〜

  
「引きこもりは心の問題」今では、そんなことは「当たり前」となっています。しかしながら、現場では「心は関係ねえだろ!」と叫ぶ当事者に普通に出会います。漠然とした「抽象論」と決別し、「具体的」に生きることを選んだ当事者達の優れた姿勢を、ここでは追ってみることにしましょう。


 
人生に 王道なんか ありゃしない
〜手遅れ引きこもりの起死回生〜

  
「幾何に王道無し」という言葉がありますが、人生にも王道はありません。そんな中、「株で儲けようと思います」「FXで一発逆転を狙います」のような話をする当事者、そしてそれに対して言われるがままに資金を渡す親達。やるべきことを淡々とこなす人々と、「王道」の模索に余念の無い人々。両者の差は一目瞭然です


 
「意味が無い」 その一言に 「意味がある」
〜親の金は引きこもりの金?〜

  
いくら繰り返しても、何も状況を変えられない行為。今という変化の激しい時代には、「意味の無い行為」が多々あります。そんなときには素早く態勢を整え、軌道修正することが不可欠です。しかし、その現実を受け入れず、ひたすら転落を繰り返す人々も存在します。今日「意味が無い!」と叫ぶことから、明日の「意味があること」が生まれます。


 
社会批判 過激になったら 赤信号
〜社会を知らない社会評論家〜

  
引きこもり当事者の中には、気が狂ったように社会批判を繰り返す人々がいます。「経営者の搾取が……!」「国家の威信が……!」「労働者の権利こそ……!」しかし、大局観を語るよりも先にするべきことが、彼らにはあるのではないでしょうか? 己が立場をわきまえず、論点を逸らそうとするところから、明日の悲劇がひっそりと立ち表れます。


 
 ココロだけ 見てたら仕事が 消えました
〜心理に裏切られた引きこもり〜

  
 「自分は何に悩み、そして何のために考えているのか?」より良く生きる上で、自らの内面を知ることは大切な営みです。その一方、現実的判断をせず、自らを誤魔化すために積極的に「ココロ」という言葉へ逃避したがる人々がいます。軸足を失った思考の向かう先は、深遠なる叡智でも広範にわたる理解でもなく、単なる「個人の矮小化」です


 
 ヒキ先輩 裏から見てる ヒキ後輩
〜反面教師化する引きこもり〜

  
長期化事例が話題に乗りやすい引きこもり業界ですが、具体的打開策を講じている人々もきちんと存在します。所謂「いい歳」になっても責任転嫁から逃れられない引きこもり先輩を逐一観察し、彼らを反面教師として成長していく後輩達。「あんな人間になってはいけない」という彼らの言葉は、残酷なようでいて、生きる上での基本を正確に押さえています。


 
 不登校 学ぶ利口と 遊ぶ馬鹿
〜現実的不登校経験者〜

  
不登校になると、どうしても学びが疎かになります。多少の遅れは問題ありませんし、それは過去の事例からも実証されていますが、一方で何もしなかった人と、毎日着実に学んだ人とでは大きな差が生まれます。着実に学んだ人々の、学ばなかった人々に対する視線は至って冷やかなものですが、時代認識の違いが、ここでは大きく表れています。 


 
「手遅れ」と 言われて怒る 引きこもり
〜何もしなかったことのツケ〜

  
 「よく、引きこもりの長期化とかが話題になりますけど、実際はどうなのですか?」そのような問がしばしば寄せられますが、一般に流布している情報と現場感覚とでは、既にかなりのギャップがあります。何もしなかった当事者だけがクローズアップされる中で、これからの時代を読み解いている当事者がいることを忘れてはなりません。現実は、以外と単純です。


 
 一言で ケリをつけてる ヒキもいる
〜ヒントを求めた引きこもり〜

  
八起進学校に以前掲載されていた問答集を再掲載してあります。大した話題はありませんが、これがきっかけになったという人もちらほら。短めの応対をまとめていますので、長文が嫌いな方でも、比較的ストレートに入ってくるでしょう。因みに、質問自体は、よくある当事者からの質問をほぼそのままの形で残しています。


 
 同じこと 言っても異なる 反応が
〜引きこもり切り捨ての現実〜

  
外部からの提言を「チャンス!」と受け止める人もいれば、「鬱陶しい!」としか思わない人もいます。無論、全ての提言が妥当な訳ではありませんが、成功例から来る提言には、それなりの道理があるものです。受け止め方の一つ一つが、個人の持つ総合的な判断力として、当事者の未来をじわりじわりと定義して行きます。


 
家中でも 次世代見ている ヒキがいる
〜抽象を捨てて具体に進む強者〜

  
「社会の中で楽しそうにヘラヘラと笑っている人が、実は少し前まで引きこもりだった」今後は、そんな話も珍しくはなくなるでしょう。しかし、その恩恵に与れるのは、あくまで妥当な方向を見据えて、日々地道に行動した人々のみです。次世代を生きる「未来の強者」は、実はあなたの家の隣にいるのかも知れません。


 
 「優しさ」を 理由にしてたら 時間切れ
〜引きこもりは優しい?〜
 
  
 「自分は優しいから社会で苦しい思いをする! ガラスの心を持った人を苦しめる薄汚い社会は消えてしまえ!」自分の不甲斐無さを「優しさ」という甘い言葉でカモフラージュし、巧みに責任回避を図る当事者達。取り分け女性当事者に多いこの発想は、安っぽい表層的な美意識と、致命的なレベルの無能力、そして揺らぐことの無い怠惰によって構成されています。


 
 NEETには なりたくないのが 子の本音
〜頭の良い10代の不登校〜

 
世の中には、行動の早い子もいれば、遅い子もいます。勿論、遅いから絶対に悪いわけでもありませんし、早いから絶対に正しいわけでもありません。しかし、行動の早い子の方が、何かと有利なのは事実です。「うちの子は何をするのもゆっくりだから」という親としての「優しさ」が、子供の不登校・引きこもりの最大の仇になっていることがあります。 


 
 責任を 逃れた親から 手遅れに
〜哲学無き親達の現実〜

 
 CARPE・FIDEMには、不登校や引きこもり当事者だけでなく、親御さんからも質問を受けることが多々あります。今回は、その中で頻度の多かったものも集めておきました。正直なところ、30歳以上の当事者を持つ親御さんには大変厳しい内容が多くなっていますのでお薦め出来ませんが、まだ手遅れになっていない家庭にとっては、何らかの有効性があるでしょう。


 
 不登校 学校行っても 即ニート
〜通信・定時制高校のその後〜


 「やっとの思いで不登校から抜けたのに、高校出たと思ったら次が何も無かった……」こんな話を、通信制高校や定時制高校、チャレンジスクール出身者から頻繁に聞くようになりました。しかし、未来が無いことが分かっているなら、自分で未来を創り出さなくてはなりません。通信制・定時制高校の情報格差是正を、今回はテーマにしてみましょう。


 
 「信じてる」 その一言で 家崩壊
〜親の誠意の陰に潜む欺瞞〜

 「信頼」とは、大変素晴らしい言葉です。社会全体が信頼関係で成り立っている以上、この言葉の重みは、きっとこれからも変わることはないでしょう。しかし、その使い方を間違えた人達は、自らの失敗に気付かないまま、家庭全体を崩壊へと導いています。「現実逃避」を「信頼」と言い換えた愚かしさを、ここで一度見てみることにしましょう。


 
 「無能だ」と 言われてからが 出発点
〜無能力を生かす人と殺す人〜

  
 引きこもり当事者は、一般に劣等感に苛まれています。それ故、少しでも自身のダメージに繋がりそうなものを悉く拒絶し、それが更なる失敗へと繋がる傾向にあります。しかし、あえてダメージを甘受し、現実的視点を取り戻すことで、本当の意味での安定を得ようと画策している人々もいます。その分岐点は、「無能力」をどう捉えているかにあります。


 
引きこもり 主張はどこまで 通るのか?
〜引きこもりを見る社会の目〜 


 「引きこもりの意見に耳を傾けて」という主張があります。確かに、個々への尊重を鑑みれば、傾聴は大切な行為でしょう。しかし、その主張が社会でどの程度通用するのか知るには、社会からの声にも傾聴しなくてはなりません。今回は、「twitter」や「はてブ」、「2ch」「facebook」からのご意見を参考に、社会一般の認識と引きこもり当事者やその周辺意見との違いを見てみることにします。


 
 「反対!」と 叫ぶ姿勢に 宝有り
〜建設的反対意見を出す能力〜

 「反対意見を出すなら、必ず建設的対案も併せて出す」
これは、主張をする際の最低限の礼儀だと思います。主張が衝突することはあれど、互いの帰着点を模索しながら議論は、それが例え敵対的立場であっても心地良いものです。「死ね!」程度の主張しか出来ない当事者もいますが、彼らは優れた反対意見者のあり方を積極的に学ぶべきではないでしょうか。



 
  「当たり前」 続ける人の 冷めた視線
〜黙って社会を支える強者達〜

様々な主張があるのは理解していますが、基本的に引きこもりの主張は通りません。 それは単に、彼らが非生産的存在であり、周囲の人生を食い潰す厄介者だからです。逆に言えば、生産的存在に、あれこれと文句を言う人はそこまでいません。主張をしたいなら、まず最低限の義務を果たすべき。コラム賛同者の基盤は、そのような「当たり前の」コンセンサスを持っています。





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