不登校・引きこもりからの大学進学塾

CARPE・FIDEM室内管弦楽団発足……か?

理由は知りませんが、CARPE・FIDEMでは、毎年何かしら一つは新しい文化的要素が発生します。昨年度は「太平洋での大魚釣り」でしたが、今年は管弦楽のようです。と言うのも、バイオリン経験者が2名いるから。

で、それに触発された音楽経験者の方々が、

「ピアノ欲しい! 電子ピアノで良いので」

「いやいや、ここはエレクトーンでしょ?」

「ドラムまだ~?」

のように仰るものですから、話合いの結果、早速電子ピアノの導入が確定致しました。来週には届きます。

折角、多目的ルームがありますので、楽しめる要素は増やさないといけませんね。私も、暇を見つけてバイオリンにチャレンジしたいところです。

因みに、

「でも、ピアノだと管弦楽じゃなくないすか? チェンバロならまだしも」

という意見もありましたので、ピアノが安定軌道に乗ったら、入門用のチェロでも買いましょうかね。私の弟がヴィオラを弾きますので、バイオリン×2、ヴィオラ×1、チェロ1、ピアノ×1で色々と楽しめるかも知れません。

因みに、山梨の合宿所には、音楽を楽しむ大人の空間を作るために、LUXMANの真空管アンプとTANNOYのCanterbury15を備えたオーディオルームを設置していて、音響好きの参加者にはなかなかに好評なのですが、これらが本気を出すときがようやく来たようです。管弦楽組曲とブランデンブルク協奏曲の普及活動にも、勤しまなくてはなりません。

大変結構なことになってきました! 今から楽しみです!

科目横断的指導は普通ではないっぽいのか?

以前から言われてはいたのですが、ここ最近、改めて新規参加の子達の体験授業をしていて、数名から指摘された点があります。

「聞いてて思ったのですが、大村さんの授業は、科目がゴチャゴチャですね」

ゴチャゴチャというのは、例えば、政治経済の授業をしているときに、

「……と、言うわけで、産業革命が与えた影響は非常に大きかった訳ですが、これは端的に言うと基礎クラスの物理の授業でやった、物理学のエネルギー論に還元出来る訳で。それまでは、力学的エネルギーを得るのに、人力と牛馬耕、言うなれば、最終的にグルコースに還元出来る食物を、肉体が力学的エネルギーに変換して、やっとこさ力学的エネルギーを得ていたのです。ところが、産業革命により、これまでは熱エネルギーにしか利用できなかった化石燃料の類が、蒸気機関の改良をきっかけにして効率的に力学的エネルギ-に変換出来るようになった。つまり、力学的エネルギーの供給ルートが増えた訳です。

有機化学で皆も勉強したように、人間の場合、炭水化物についてはセルロースからだと力学的エネルギ-に変換出来ないでしょ? しかも、瞬発的なエネルギーの解放にも制限がある。そこで、昔の人は馬や牛を使った。草食動物はセルロースも消化出来る上、エネルギーの解放限界幅が人間より大きい。よって、大きな木も倒せる。そう言えば、この間CARPEで買ったヴィンランド・サガの漫画にもそんな描写あったでしょ? トルフィンとエイナルが、馬使って木を倒すシーン。丁度あんな感じ。これも、力学的エネルギーの供給ルート拡大の一例だね。和室にヴィンランド・サガあるから、暇なときに読んどいてくれい。ああ、ついでに要望のあった宇宙兄弟も買っとこうか。

話戻すと、普通は誰も時間と空間が関数になるとは思わないと思うけど、一般相対性理論はそれを繋いだ訳ですよね? 別々のディメンションと思われていたものを結合させ、「時空」という概念を生み出した。恐らく、熱と力を結びつけたのは、当時としては「時空」と同じくらいのインパクトがあったんでしょうな。「熱力学」の誕生です。

そう言えば、僕も昔熱力習ったとき、物理の先生があのP-Vグラフ使って、蒸気機関の価格設定してたとか言ってたな。確かに、P-Vグラフの面積は仕事の次元だから理屈には適うけど、これホンマかいな? 誰か、暇なときに調べて教えてくれ。

また逸れた。まあ、いいや。で、これについては、産業革命前後の戦死者規模を比較してみれば大体のことが分かるわけで。ちょっと前の授業の「映像の世紀」で見たと思うけど、ヒトラーの電撃戦と第二次大戦の総力戦見れば、弓とか剣とか槍とかでチャリンチャリンやってるの可愛い位じゃないですか? あれだよね。要は、エネルギーって「触ると痛くなるもの」だからね。痛くなるものが増える。自然界からエネルギーの供給を受けられるなら、これは戦争にはうってつけですわな。

では、この解放された力学的エネルギーの行き先がどこに向かうのか考えて見ると、これまた面白い話になる訳で、例えばフランス革命にしろロシア革命にしろ、絶対王政の崩壊と、民衆が手にしたエネルギー総量の相関性は……」

のように、政経と物理と化学と数学と世界史とマンガがゴチャゴチャに入ることです。

同じように、英語の授業が古文や漢文、口語文法と混じりますし、現代文の授業が、倫理や現代社会と混じります。狙ってやってるわけではないのですが、気がついたらそうなっていました。多分、私が大体全科目教えているので、何となく混じったのでしょう。

幸い、この点で怒られることはなく、好意的評価をされているようなのですが、あまりこういう形式で授業することないみたいですから、正直成績面への影響はどうなんでしょうね?

良いのか悪いのか良く分からんので、しばらくこの方向で行きますが、何か修正必要でしたら、内外問わずご意見お待ちしております。

JAFのエンジニアに乾杯!

 CARPEFIDEMでは、勉強に飽きると何かと理由をつけて遊びに行くことが多いため、それ専用のミニバンがあります。そろそろ買い換えを迎える旧式ですが走りが良く、個人的には気に入ってるため、次の車検までは頑張って貰う予定です。

 が、その車が先日ウンともスンとも言わなくなりました。調べてみたら、車内灯つけっ放しが原因のただのバッテリー上がりだったのですが、JAFの方に言わせれば、

J「いや~そうなんですよね~。買い換えを検討し始めると、拗ねる子いるんですよ」

E「ほう、車も拗ねるんですか?」

J「拗ねるんですよ、これが。バッテリー上がったり、電装がおかしくなったり、変なところから液漏れしたり」

E「車も生きてるんですなあ」

J「そうなんですよ。勉強すると面白いんですよ、これが」

とのことで、充電が終わるまで、二人して内燃エンジンと発電機、電位差と電流についてヌルい工学的議論を楽しんでいました。

 結局、車体下のパーツの微調整までして貰った上、ディーラーさんでも「???」だった警告灯異常まで直して貰うという、至れり尽くせりのサービスに感謝感激この上なし。車を使うことの多いCARPEとしては、

「なってて良かったJAF会員」

といった形です。

 特に宣伝するつもりはありませんが、JAFさんには非常に助かっています。オススメです。JAFKさん、ありがとうございました!

不登校・引きこもり女子は、キャリア・パスとライフイベントの年次計算を大切に

昔のCARPEでは考えられませんが、どういうわけか、今年は女の子の参加者比率が例年より高めです。男子校のノリでアバウトにやっていたのが、段々と共学っぽくなってきていますが、これも時代の流れでしょうか。

ただ、個人的にはこの傾向は良いことだと思いますね。男女雇用機会均等法が出る前なんか、高等教育を受けた優秀な女性に対しても、

「女はコピーとお茶くみでもしてろ」

みたいな職場はザラでしたし、それが普通という風潮もありました。女性の側ではおかしいと感じていても、違和感を感じる男性は逆に少なかったのでしょう。

しかし、今では、

「優秀な女性は、キャリアを活かしてドンドン社会に出ましょう」

という形に潮目が変わってきており、共働きを普通と考える男性の方が主流派になっています。

実際、私が見る限りでも、教育水準が高くキャリア形成のしっかりしている女性は、何のかんの言っても愉しそうですし、一緒にいて面白い人が多いです。不登校・引きこもりラインでも、「経済的自立を求める女性&それを認める親御さん」という良いコンビが生まれてきているのかも知れませんが、大変結構なことだと思います。

 

ただ、CARPE・FIDEMへ面談にいらっしゃる女性陣には必ず言っている話ですが、「キャリアパスとライフイベントのバランス」、特に結婚と出産のタイミングについては注意が必要です。

一般論ですが、現在の平均的な大卒女性のライフイベントの節目は、大筋以下のようなルートを辿っています。

大学入学(18歳~20歳前後)

大学卒業&就職(22歳~24歳前後。医・歯・薬・獣or院卒の場合は25歳前後)

結婚&第一子出産(30歳前後)

家の購入(40歳前後)

以上のように、取り立てて大きなトラブルが無ければ、大筋30歳前後で結婚と出産の流れに乗ることになります。

30歳が基準となっているのは、恐らく出産に伴うダウン症等の障碍発生率が30歳を境目にして上昇傾向になるためと推察されます。よって「30歳前に子供を授かっておきたい」という声は、定量的に見ても妥当な判断と言えます。

ただ、不登校や引きこもりがあると、この年度計算が後方にスライドする、つまり、全体的に全てのイベント発生が遅くなる可能性があります。無論、不登校や引きこもりでも、早々に勉強をして「18で大学、22で就職」のような人もいるにはいますが、現実的には入学が20歳以降、就職となると、30過ぎになることも珍しくありません。(それ故、専門職関係でないと苦しくなるのですが。)

これはつまり、不登校や引きこもりが原因で各イベントが遅れるにつれ、「結婚」⇒「出産」という大きなイベントの一区切りとなる30歳までの期間が縮み、結果的にその機会が減少することを意味しています。分かりやすく言えば、不登校や引きこもりが原因で、結婚や出産が困難になるということです。

無論、

「自分は一生独身で終えるんだ」

という人は何でも構わないのですが、如何に生涯未婚率が増えたにしても、やはり社会全体では結婚する人達の方が主流派です。これは、「不登校や引きこもりが増えた」なんて言っても、所詮不登校も引きこもりも、社会全体の中ではマイノリティに過ぎず、一般視点からすれば、主流派になり得ないのと同じことです。

それ位「普通」というものは根強く、「普通って何?」のような哲学的命題をかましても、圧倒的な「普通」の前にはほとんど意味を持ちませんし、結局はそれを意識しながら生きるしかありません。必ずしも「普通」の人間になる必要はありませんが、「普通」を無視して生きることもまた困難です。

以上のような事情は、男性と比較して女性の方によりシビアに作用します。私も、「男の子はある程度適当でもいいけど、女の子は少し現実的に社会を見た方が、結果的に楽」とアドバイスしていますが、これには上記のような事情があるためです。

 

とは言え、反発を食らうこともあります。このような話を引きこもり当事者の居場所的なところで話をしたところ、女性当事者から

「男女差別では?」

「男目線の発言。何も分かってない」

のように言われたことがありました。あまり聞きたくない話題だったのかも知れません。

しかし、実情がそうなっている以上、それに合わせた具体策を講じる方が幾分誠実かと思いますし、生物学的な部分については、どんなに医療技術が発達しても、自然な流れを変更することは困難です。

或いは、男女問わず、

「自分は彼女もいらないし、結婚もしない」

「子供をつくるつもりなんてない」

のような意見も自然と出て来ます。しかし、同様のことを言っていた卒業生達が、大学在学時に平然と彼女をつくり、引きこもりだったことも、自分達の過去の発言もすっかり忘れ、あっさりと結婚していく様を見ると、現在の意見が未来永劫続くとは考えにくいです。人間は、良くも悪しくも「変化」する生き物です。

 

話題を戻しましょう。種のシステムと現在の社会システムの間に競合する部分がどうしても存在するため、女性の生き方は概して時間に追われがちなものとなります。そしてその事情は、何らかの遅延のある不登校や引きこもりを経験した女性に対して、より一層大きな課題として立ち現れます。

しかし、全ては「早い」か「遅い」かだけの話です。遅れたら遅れたなりに戻せば良いのですし、多少の遅延は問題にもなりません。自立を拒否したり、無責任な生き方を続けなければ、それで済む話です。

CARPE・FIDEMも15年近くになりますが、専門職系の学部へ進学した卒業生の中には、将来的な所得の保証があるため、在学中に同様の経歴の人と結婚してしまう例も出てきています。この事例は、正にその「ライフイベント時短作戦」の成果と言えるでしょう。早ければ良いというものでもありませんが、社会変化を見据えた上手い戦略だと思います。

概して、今は男性より女性の方が元気です。「子供と女性が元気な社会は良い社会だ」なんて話もどこかで聞きましたが、私も本当にその通りだと思います。産業革命以降、蒸気機関を振り出しにして効率的なエネルギー変換技術を手にしたことから、人間は「人力」「牛馬耕」のような、生物由来の力学的エネルギーに依存する社会から脱却し、「新奇」と、それを再構成する「システムデザイン」の世界へと舵を切っています。そしてこの環境は筋力に依存しないが故、女性にとっても非常に活躍しやすい空間となっており、図らずも男性中心時代の終焉を如実に提示することとなっています。

私は、動きの良い女性から多くのことを学んできたためか、女性の経済的自立と、男性に依存しない生き方を強く推奨していますが、この辺の事情は、仮に不登校や引きこもり等、何らかのルート欠損がある人でも同じことだと思います。寧ろ、欠損があるからこそ、経済的自立は必要だとさえ感じています。親に依存出来るのは子供のうちだけであり、これからの社会が男性依存型社会でないことを考えれば、自分で立ち上がるのが道理ですから。

現状、女性にとって面倒な部分は、「出産」等の生物学的側面によるものが大きく、これを変えることは当座不可能かと思われます。しかし、それ以外の部分では、かなりのことが現実的に可能となっています。

不登校なり引きこもりなり、引っかかることは誰にでもありますが、立て直しを上手く、気持ちの切り替えを素早く行い、元気な女性が増えることを、私は期待しています。きっと、それが「愉快な社会」への第一歩となることでしょう。

禍福はあざなえる縄のごとし

こんなこと言うのも何ですが、今年は色々と気持ちが楽です。本当に。

ツイてないときは、本当にツイてない。何をやっても上手く行かないし、いっその事寝てた方がいいんじゃないかと思って寝ていると、そんなときに限って、義務的作業が次々に来たりする。そんなことありませんか? 私も春先まではそんなことの繰り返しで、兎に角大変でした。

ただ、何のかんので頑張りの成果が数ヶ月してから実を結び、最終的には、10年近く懸案だった問題が無事に円満に解決し大発展を遂げただけでなく、その他の課題も次々に成果を出し始めました。今は全てが良好に転じ、ここまで安定的で平和なのも久しぶりです。

ただ、これには手助けをしてくれる卒業生達の存在があります。

特例を除き、CARPE・FIDEMは卒業生しか採用しない「縁故主義」の会社です。これは、「不登校」や「引きこもり」という性質上、運営の実情が分かる人でないと問題解決が難しいから、という現実的判断から始まっていますが、一方で指導レベルの高い卒業生は医学部に進学することが多く、地方へ流れてしまう結果、指導側の総数に限界がありました。(結果として、私が全科目教えることになるのですが、いい加減なことも出来ない以上、それはそれで仕方ないことです。)

ところが、ここ最近は関東圏の医学部へ進学するケースがちょくちょく出始めた関係で、段階的に指導を分散させ、私自身は取りこぼした単元のバックアップにまわることが可能になってきました。今後も、医学部だけでなく、東大や早慶他、比較的指導側にまわりやすい立ち位置の子が増えてくれることを期待しています。

色々な意味で、多くの人達の手助けを得られるようになった関係で、今年の運営は例年に増してスムーズかつ(私にとって)楽なものとなりました。これなら、保留になっていた別事業の方も進められるかも知れません。関係者の方々、今後もよろしくお願いします。

苦しいときほど踏ん張りをきかせるのが信条ですが、ようやくそれも結果が見えてきました。今の「楽」がどれだけ続くかは分かりませんが、今後も、これが続くことを祈って。

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