不登校・引きこもりからの大学進学塾

不登校・引きこもりと母子・父子家庭

 たまに、「母子家庭だから、子供が引きこもるとかありますか?」のような質問が来るけど、個人的にはあまり関係ないような気がする。

 特に不登校は、本人がどうとか、環境が云々とか関係なしに、どんな家庭でもアトランダムに発生する。本当に平和で、のほほんとしていたところに、降って湧いたように問題が発生したりする。母子家庭とか父子家庭とかは、特に関係ない。

 その後の対処に差が出ることはある。両親揃っている場合は2馬力なので、色々動きやすいし、情報収集もしやすい。対処の初期段階は、両親揃っている方が何かと有利。

 ただ、「結局どのように対処するか?」の部分では、また別の差が出る。何と言うか、家庭の生き方に対する運営指針で差が出る。

 長期高齢引きこもりとか見てると、「本当にこの人達、判断力どうなってんの?」と言いたくなるような家庭が結構ある。子供が引きこもり(特に障害とかはない)で、20年以上もカウンセリングという名の家庭相談続けてる家庭なんか分かりやすい。もう軽く2000万とか、そのカウンセリングに出してる。保険も効かない。

 普通なら、それだけ時間と資金があれば、CARPEでは医学部等の専門系学部や理工系の就職しやすい学部出て、普通に仕事してる。2000万も要らないし、20年も要らない。それなりにやる気があって多少頭も回るなら、一年か二年そこらで、金額的にも100~300万がせいぜい。と言うかそれが普通で、別に変なことでもない。

 ただ、判断力が弱いのか、何の成果も出てないカウンセリングを惰性で延々続けている。こうなると、親が揃ってるかどうかなんてどうでも良くて、ただ頭の強さの問題だとしか思えない。

 ここまで酷くなくても、似たようなところは結構ある。基本、短期の引きこもりならどこでも発生し得るし、家庭に問題があるとは限らないけど、長期引きこもりを抱える家庭は、大体判断力のどこかに致命的なおかしさがある。

 母子家庭・父子家庭でも、結局親の判断が優れていれば、最後は元に戻る。優れているとは、

1:家庭からの援助には限界がある
2:経済的自立は絶対であり、例外はない
3:家にいつまでもいることは認めない

みたいな話を平素から子供にしていて、子の自立を促している点。このような基本中の基本が出来ていない家庭は、大体どこもダメっぽい。

 母子家庭・父子家庭は、今では別に珍しいものでもなく、ありふれたこと。個人的には、それ自体に何か思うことはない。ただ、判断力の優劣は、そんな親が揃ってるかどうかとは無関係で、優れているものは優れているし、劣っているものは劣っている。両親共に依存癖のある家庭より、単親世帯でも、自立意識の強い家庭の方がずっと改善率は良い。

 母子家庭や父子家庭であることを悩む必要はなくて、「自分の足で立ち、社会の中で生きる覚悟を伝えているかどうか」そして「自立までの具体的な道筋を歩ませているかどうか」が一番大きいと思う。

 勿論、お金の問題やらなんやらあるので、出来ないこともあるのは認めるにしても、母子家庭だから不登校から抜けられないとか、父子家庭だから引きこもりが続くなんてことはない。要点を外さないようにご注意を。

引きこもりは本当に「優しい」のか?

 引きこもり支援関係者が頻繁に言う「引きこもりは優しい」というフレーズ。あれ、まず間違い無く嘘だと思う。

 優しい人間が、10年も20年も親に依存して、生活費だの遊び金だのを無心したりするかな? 小言言われて、40過ぎの人間が親に暴力振るったりするかな? 多少折り合いが悪くても、それなりの限度をわきまえて動くのが普通じゃないのかな? 

 親だって、60にもなったら子育て終えて第二の人生を楽しむ頃なのに、引きこもりの面倒を見るために、キツい仕事を続けてたりする。きっと、明るい老後の生活とかも夢見ていたはずなのに、怠惰な子供のせいで、それも夢物語になってしまっている。

 どう見ても、引きこもりは親の人生を潰してる。兄弟姉妹がいる場合は、彼等の人生にまで悪影響与えてる。親の死後は生活保護確定で、社会のお荷物にさえなっている。

 本当に優しかったら、自分の身を潰してでも仕事を探し、就職し、嫌な環境で苦しみながらでも、親を楽させてやろうと考えるだろうし、兄弟姉妹の負担になるまいと頑張るはず。その結果、無理して自殺してしまったとかだったら、確かに優しい人だったのかも知れない。残念だけど、社会のなかで生きていればあり得る話。

 優しい人間は、自分よりも他人を優先するし、それで実際に潰れてしまう。バランスの悪い行為で、馬鹿だとは思うけれど、決して悪くは言われない。逆に、周囲はそのバランスの悪さをサポートしてあげようと頑張り、その結果より良い環境が生まれたりする。

 だけど、実際に長期高齢引きこもりを見ると、そんな例にはまず出会わない。働かないのは当たり前、メシが出るのは当たり前、親が自分に貢ぐのも当たり前、自分の生存は当たり前。そんなのばかり。

 或いは、表層的には「申し訳なさそう」な雰囲気は出すけど、自分からは絶対に動かない。「怖い」だの「自信が無い」だの「失敗した」だの、弱者救済を求めるワードで身を固めて、「可哀想な自分」を演出し、結局は何もしない。

 引きこもりは優しい人間なんかじゃない。優しいフリをして他人を利用し、自分の生存を最優先に考える、卑しい人間だと思う。

 人間の思考は、確実に行動に出る。他者への誠意がある人間は、誠意も行動に出る。一時的に出なくても、時間が経てば必ず出てくる。

 となると、10年も20年も引きこもるような人間は、最初から自立なんて微塵も考えてもおらず、仮に親に負担をかけようが社会に依存しようが何しようが、自分の安寧だけを考えていたことになる。どうすれば、これを「優しい人」などと評価出来るのか、理解に苦しむ。

 CARPEでは自立なんて当然のことだし、周囲に来る不登校・引きこもり当事者も、同様の思考で行動している。行動から確かに「優しさ」が分かる子達で、それは自分も良く理解している。別に、特段優れたことでもないけど、基本がきちんと分かっている。

 10~20代を中心に、そんな子達の「優しさ」を普段から「行動で」見ているので、30代40代、酷いときは50過ぎても親に無心して、他人の人生を食い潰し続ける引きこもりの、どこに「優しさ」があるのか、どう考えても答が出ない。「卑しさ」「厚かましさ」の間違えではないのかな?

 「引きこもりは優しい」みたいに評価してしまう支援者は、ただ何も考えず保身だけで無難な発言をしているだけか、「優しい」という形容詞への考察が相当に甘いだけか、或いは、そう表現することで、自分に利益があることを知っている狡猾者なだけなのではないかな?

 引きこもり業界は、少々嘘が多すぎる。嘘つくほど金と名誉を得られるシステムが、この業界をどんどんおかしくしている。もっと本音がきちんと出て、本当の意味での「優しい引きこもり」が高く評価されるよう期待している。

2020年度夏期休業期間のお知らせ 

 平素より格別のご高配を賜り、まことにありがとうございます。

 改めて、2020年度夏期休業期間についてお知らせ致します。

休業期間:2020年8月11日(火)~8月18日(火)

 尚、自習室・並びに宿泊設備は、休業期間を通じ、全て平常通り開室しております。また、大学受験理系基礎・大学受験理系応用の補講は、別途授業にて連絡致します。

 ご不便をお掛け致しますが、何卒ご了承頂きますようお願い申し上げます。

不登校・引きこもり雑感8

 久しぶりにサイトのチェックしてたら、

 結婚相手の親族に、引きこもりという「負」動産がある場合の注意点

へのアクセスが結構多いことに気付いて、ちょっと驚き。それだけ、親類関係に引きこもりがいるときのトラブルが多いってことなのでしょうかね。

 引きこもりが引き起こす問題って、結局「金」の問題だと思う。生産活動をしないのに、最低でも年間100万程度の全く意味の無い「生存費」が掛かる。タチ悪い引きこもりは金の無心までしてくるので、二倍三倍かかることもある。

 で、引きこもりが生存しているだけで、誰かがそれを支えないといけない。大体は親だけど、親が死にそうになれば、兄弟姉妹、或いは親類縁者にやってくる。

 まあ、正直困るわな。自分達は家庭も持って子供もいて、平和に生活しているのに、何もしない得体の知れないおっさんおばさんが転がり込んでくる。転がり込まなくても、金の無心をしてくる。

 ぶっちゃけ関係切りたいけど、それも難しい。田舎の方だと、関係切るのは世間様の手前もっと難しい。血が繋がっている分、責任まで繋がってくる。

 兄弟姉妹の仲が悪いところだと、「あのクソ引きこもり、どこかで死んでくれないかな~」みたいな話が普通に出る。子供に殴られて顔を腫らした年寄りの婆ちゃんが、泣きながら死ね死ね言ってるシーンとかもある。

 引きこもり支援関係者の出すメディア記事って、大体「きれいなジャイアン」みたいに、「きれいな引きこもり」しか出さない。「引きこもりは、社会から追い詰められた、優しい可哀想な人達」っていう印象を生み出し、世論誘導することが彼等の目的だから、それは仕方ない。

 でも実際の引きこもりは、そんなキレイなのばかりじゃなくて、本当に周囲が殺意を持つようなのもいて、しかも珍しい話でもない。特に、これからは8050で相続の話とかがクローズアップされるから、兄弟姉妹の邪魔するだけなのに、金だけ盗っていく引きこもりへのヘイトは増加する。

 これはまた別のところで書くけど、京都の安楽死問題は、引きこもりの分野にも直結する。今回は面倒なので細かなテーマは端折るにしても、引きこもりのせいで人生壊された親族関係者なんかは、合法的な引きこもり安楽死ルートを整備して欲しいと本当に思ってる。殺しは出来なくても、合法的自死の可能性が見えるだけでも、気持ちが全然違うから。

 でも、絶対に言えない。引きこもり支援業界は、上が人権屋(人権を主張することで、自分は良い子ちゃんの立ち位置に置きながら、金や名誉を得られる人達)で占められているので、そんなこと言ったら、それこそ人非人扱いされてアウト。本音が言えない、人権ファッショな空間。人権ファッショな人達は、引きこもりの人権は主張するけど、その周囲の人権には無頓着で、その結果が現在の状況。

 勿論、本人が死を望んでくれないといけない点は分かっていて、それがあり得ないと思っていても、道筋があるだけで、周囲の人間の気持ちは随分楽になる。「いつまでこの状況が続くのか?」という不安を、周囲の人間が持っている現実は、想像以上に大きい。

 介護の無間地獄で殺人が起きるのと同じように、いつまでも生き続ける引きこもりの無間地獄も、殺人の根源になり得る。

 何もしない引きこもりは、自分の生存を当然のこととし、周囲で支える人間だけが苦しみ続ける。そしてときに引きこもりを殺し、殺人犯になる。怠惰な引きこもりが死ぬのは別に自然なことだけど、本来なら殺人などしなくて良かった人々が、殺人に手を染めざる得なくなった状況は、悲劇としか言いようがない。

 なんかまとまってないけど、介護とか生やさしく感じるほど、引きこもりは面倒なので、引きこもりを身内に入れるのは、本当に薦めないってことです、はい。

不登校・引きこもり雑感7

 最近聞いた、参加者の子の名言がコレ。

「労働者階級風情の自分が、比較文化とかの教養を学ぼうなんて、烏滸がましいってことですよね。自立してないなら、まず身につけるべきは金になる技術だと」

「いや、全く以て本当にその通りだよ!」と、膝を叩いてしまいましたな。こいつは大物になりますね~今から楽しみです。きっと、いつかどこかで経済力をつけ、彼の求める教養も手にすることでしょう。

 それにしても、何ら生産活動せずに生命が維持されるなど、貴族階級でも無い限り土台無理なわけで。社会の大半を占める労働者階級・無産階級の人間は、生産活動なしには生存し得ない。偶然生きているとするなら、それは親類の温情か、社会権の助力に依存しているだけのこと。

 資産のある仮想的貴族階級の人間が、引きこもりをしようが何をしようが勝手。寧ろ、そこから生まれる文化・教養には楽しみさえ感じます。

 しかし、まさに「労働者階級風情」の人間が、引きこもりというお貴族様にしか出来ない特権的行為を行使しようなどと思うから、物事はおかしくなる。もっと分かりやすく言えば、「身の程をわきまえろ、下郎が!」ということ。

 私は身の程をわきまえた下郎なので、まずは自分の自立を最優先にし、発生した余剰時間や余剰資金を文化的側面に充てる「普通の行動」をしています。参加者の彼も同じことを考えているのでしょう。そして、これは世の中の大半の人(下郎)が考えている「当たり前」。

 となると、労働者階級風情の癖に、貴族の真似事をした愚か者が、引きこもりということになる。下郎には下郎のやるべき義務があり、それをサボれば、惨めな最期になるは自明。

 人間、甘やかされれば、おかしな考えを持つようになるのは自然なこと。昭和の時期に引きこもりが少なかったのは、「働かない? なら死ねば?」が普通だったからで、実際にそれで死んでたから。死にたくない人は、働いていたから。

 しかし、国が豊かになり、経済力のある家庭が生まれれば、親の経済力に依存して自立しない愚か者も発生しますし、国が発展し、社会権が確立されれば、公的扶助や福祉に依存して自立しない愚か者も発生します。

 人の足を引っ張ってでも依存しようという性根の卑しい人間がいる一方、「仮に足を引っ張られ、自分のやりたいことを後回しにしてでも、自分の足で立ち上がろう」と思う子がいた現実が、私には大変心地良いですね。

 

pagetop