不登校・引きこもりからの大学進学塾

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不登校・引きこもり雑感17

 先日、行きつけのバーで、卒業生や在籍生数名と歓談。

 うち一人から、引きこもりという転落の始まり、その原因の究明に加え、解決に至るまでの流れを聞く。自身の至らない箇所も、転落に導いた者の存在もニュートラルに評価し、次の人生に続ける姿勢を見て安堵する。

 また別の一人からは、家業と自身の進路との整合性と、その発展可能性について相談を受ける。一人を好む彼の性格が、複雑かつ拡大する商圏のことを、同時に、少なからず家族経営の匂いの残る家業のことを鑑みれば、いかに不都合な産物であるか実感している模様。手持ちのカードの不利を知った上で、摺り合わせの方法を問うあたり、将来性を感じる。

 思えば、自分の出来ることも、もう随分少なくなった。場所を提供し、類似する人間を集め資金を提供し、各自勝手な成長を促す。卑怯や不誠実は糾弾するも、多少の失敗には目を瞑り、揺るがない人格の土台を養成する。

 安定の中で、随分自分も怠惰になった。放置しても回転する組織は、システムとしては完成度が高いが、運営する側の成長を阻害する。

 勝手に成長する青年達を見て、中年にもそれなりの奮起が必要と、ワイン片手にふと思う。

 

 

不登校・引きこもり雑感16

 毎年必ず、在籍している誰かから「もっと早くにCARPEに来ておけば良かった」と言われる。「早くに知っていれば、現役で受験も終わっただろうし、無駄に悩むこともなかった」と。「今から考えれば、不登校期間の悩みは、ほとんどどうでも良いことだった」と。

 正直、「そんなこと言われても・・・・・・」が本音だけど、まあその子達の言いたいことも分からんでもない。やってみるまでは未知で怖いけど、やってみれば早々にケリがつくことも珍しくない。やって初めて、事の容易さに気付くのが普通だし、それはそれで仕方ないと思う。

 ただ、この「気付くまでの速度感」は人によりけりで、速いのもいれば、遅いのもいる。個性と言えばそれまでだけど、当然速い方が有利だし、遅い方が不利。遠慮無く言えば、遅くて良いことはほとんどない。

 認識の遅さが、致命傷になることもある。進学校出身の、医学部志望の青年(20代後半)。一度面談した際に、「まだギリギリ間に合うので、そろそろ動いた方が良い」とアドバイスしたものの、結局グダグダが伸びすぎて、既に30代半ばを越え、事実上その選択肢を喪失。

 本人はどうにかなると思ってたっぽいけど、どうにもならなくなった。プライド高そうだったので、高校性の下についてのアルバイトなぞ出来ないだろうし、親が死んだら野垂れ死ぬか、良くて社会に迷惑かけながら生活保護か。勉強の素質はあったのかも知れない。が、ここまで遅いと、最早どうにもならない。

 逆に、30直前まで動いてなかったものの、「経歴考えると正直微妙だけど、やるだけやってみよう」と話すとすぐに動き出し、二年足らずに医学部に入ってしまった卒業生もいる。元々心優しい性質のヤツなので、きっと良いドクターになるでしょうな。

 速い子は、アドバイスに対するレスポンスが非常に良い。無論、動き出す適切な「時期」というものはあるので、少しずれて動く可能性も十分あるし、それはそれで良い。少なくとも、人生捨てるレベルまで遅くならなければ、問題ないと思う。

 逆に、遅いのは文字通り「死ぬまで」動かない。理由は色々あるのかも知れないけど、社会に余裕が無い以上、正直理由なんて二の次三の次。社会は若い子にしか配慮してくれないし、無能なおじさんおばさんなんて、そもそも存在意義がない。社会を引っ張れる、人の助けになる存在になって初めて、おじさんおばさんでも、社会は存在を認めてくれる。

 若さは、タダではない。若さとは、どんなダメ親でもクズ親でも、必ず子供に与えてくれる「貯金」。手加減して貰えるうちに、その後の人生の備えを作るよう与えられた猶予期間に過ぎない。若さと言う名の貯金が無くなれば、ただ貧しいだけの中年・老年期が待っている。厳しいようだけど、これが現実の世界。

 若さを無駄遣いしてはいけない。無駄遣いの傾向があり、自分自身で「遅さ」を認識しているなら、そして、その危険性を少しでも感知しているなら、出来るだけ「速く」その性質を変えて欲しい。それが最終的には、自分のためだけでなく、確実に周囲のためにもなる。

不登校・引きこもり雑感15

 引きこもりが長期化した家庭を見ていると、最終的には全て「金」の問題になっていることが分かる。無論、中には「世間体が~」とか「人生とは~」みたいな話がテーマになっている家庭もあるけど、その程度の話で済んでいるうちは、まだまだ序の口。本当にヤバイ状態は、金が切れ始めてからが本番。

 引きこもりの兄弟姉妹がいる家庭での相続問題については、これまでも散々警告してきているけど、これも結局は「金」(と「不動産」)の問題。身も蓋もない言い方をすれば、金があるなら、別に引きこもろうが何しようが関係ない。世間体は悪くとも、社会様にダメージを与えることもない。好きにすれば良い。

 ただ、本来引きこもりなんてのは裕福な資産家だけに許される行為であって、その辺の平民がやって良い行為ではない。そこを勘違いして、平民風情が貴族の真似事をするから、おかしくなる。平民は平民らしく、日々の生活費を淡々と稼いで生きていくのが正しい在り方でしょう? 自分だって、平民風情を実感しているから、日々そうしています。

 勘違い平民が貴族の真似事をした結果、ただでさえ乏しい福祉資源を圧迫し、変な人権屋が騒ぎ出し、意味もなく税金が投入され、普通に生きている普通の人々が泣くことになる。自分を貴族か何かと勘違いするだけでもイタいのに、その上何もしないなんて、それ自体緩い犯罪行為なんですよ。毎日毎日、隣家に立小便繰り返しているようなものです。している側は気楽なものでしょうが、されている側は嫌でしょう? 周囲のことも、少しは考えて欲しいものです。家庭内暴力とか、論外。

 自分は、普通に努力して、普通に生活を維持している普通の平民の味方ですので、彼らの足を引っ張る引きこもりは完全なる敵です。支援側の人間ですが、支援しているのは、「自分が平民であることを理解し、その上で自立し、周囲を支えようという気概のある良識的な不登校・引きこもり当事者」です。胡乱でチャチな思想で自己防衛し、社会に悪意を向けて金も稼がず「人権人権!」言う薄汚い引きこもりは嫌いなんですよ。

 自由に生きたかったら、まず自力で「金」を手にしなさいな。自分の金で何をしようと、好きにすればよろしい。誰も何も言わないですよ。ただ、他人から金を貰って生きているなら、黙って感謝だけ述べていなさいな。それが、生きる上での最低限のマナーです。

不登校から大学へ行く前に

 ありがたいことに、不登校関連の塾はかなりの数になり、「不登校だから勉強が全くダメ」という状況はかなり減ってきましたね。本当なら、学校組織が多元化し、塾というヤクザな選択肢などわざわざ取らなくても良い社会がベストなのですが、必要悪としては仕方ない部分もあるのかと。

 ただ、「勉強していればそれでOK!」のはずもなく、「何となく勉強だけして、Fラン大進学すぐ中退」みたいな話は逆に増えてます。彼らの言い分を聞く限り、不登校から大学進学する際には、以下の点で注意が必要。

1:それなりの学力持て
 不登校からFラン文系大学はよく聞くけど、これはコミュ力ある子でないと無意味。最低限、「安定度の高い資格取れる学部」or「就職安定度の高い理工系」or「地方国公立・MARCH以上」の三条件のどれかが欲しい。これ以外は、大体また引きこもりになることが多い。

2:コミュ障は直せ
 「コミュ力偏差値35」とか面白いこと言ってる子もいたけど、他人との会話でキョドらない程度には付き合い持つこと。塾行くなら、先生以外の友人が複数いる位でないと、結局また大学でボッチになる。塾の先生としか話せない系は、危機感持て。(と言うか、先生としか会わず、友人との交友関係持てない塾はほぼ無意味。)

3:異性との付き合いは大切
 実際に付き合う必要はないけど、経験がなさ過ぎて挙動不審になり、入学当初から詰んでる人を結構見かける。

4:体力つけろ
 ヒョロガリもデブも、基本嫌われる。同時に、体力は全ての基本。気持ちが続いても、体力が続かなければ意味がない。

5:毎日風呂に入り、服装と髪型には最低限の配慮を
 最低限、マイナスの評価は食らわない程度に整えること。臭いは論外。

6:女子は最低限のメイクを
 好意的に評価されれば、どんなことでも自信になる。結果論だけ見ると、すっぴんはアウトになりやすい。

7:自分と同程度の人間を友とすること
 不登校・引きこもり経験者は、上を模索すべきではない。まずは自分と対等に、安定的に付き合える友人を全力で見つけること。安定の次に、チャレンジを。

8:5年後の金稼ぎ算段を
 現在の長期高齢引きこもりは、親がATM化した人間ほど自立意識を失い、ますます底辺層に落ち込んでいる。経済的自立を考えない阿呆は、大体その後も引きこもりに戻る。

9:可能なら一人暮らしを
 大した事情もないのに、30過ぎて親元にいる人間は、大体精神的に未熟で幼稚なことが多い。自分で動かないと日常が回らない環境は、結果的に人を育てる。

10:親は死んだものと考えよ
 長期高齢引きこもりは、「親がいるのが当たり前」で生活している。脱ヒキ失敗例は親の存在が大きい。親は死んだと思って、自分の足で立つことを最優先に。

 様々な元不登校生を見る限り、とりあえず上から順に片づけていくと、大体何とかなってます。参考までに。

不登校・引きこもり雑感14

 過剰に忌避するわけでもないけど、初対面の人と仕事の話になったとき、「不登校や引きこもりの教育支援を行っている」旨話すと、「立派な仕事ですね」だとか「偉いですね」みたいな反応されることが結構ある。が、あれ正直止めて欲しいんだよな・・・・・・。

 文脈としては、「弱者救済してる健気なNPO」みたいな扱いって言えば良いのかな。何と言うか、そんな印象で接してくる。いや、NPOじゃないし、最初から完全営利ですわ。「弱者救済してる偉いボク達を褒めてね?」みたいな匂い出してませんから。自分も嫌いですから、そういう立ち位置。

 が、中には露骨に「社会から転落した可哀想な弱者を救済してる人」みたいな反応する人もいて、個人的には不満。一応、相手には悪気がない可能性もあるから、それなりに笑顔で聞いているけど、腹の底では、

「いや、ここの卒業生は、てめえなんかより遙かに有能なのゴロゴロおるで? 調子に乗るなよ?」

とか思ってる。笑顔で。

 不登校・引きこもりのイメージって、変な支援者が作り出した弱者像が先行していて、本当に困る。この人達のおかげで、どれ程面倒が増えたことか。不登校も引きこもりも、救済待ちで何もせず、「社会が悪い!」とか抜かすド底辺ばかりではないのですよ?

 同時に、自分としては、「弱者救済」しているつもりなんてないし、「良い事しています」アピールもしない。寧ろ、「悪いことしてます!」位のつもりでやってる。完全にビジネス。最近流行ってる、あの引き出し屋みたいな感じ? 悪いことしてまっせ?

 そもそも、弱者救済をウリにする人達って「臭い」ので、正直好きじゃないのよ。蓋開けてみれば、福祉系支援者が胡散臭いことてんこ盛りだった現実を見てきたせいもあって、「そんな連中と一緒にするな!」というのが本音。これは過去一貫して変わってない。

 不登校・引きこもり業界のスタンダードは「助けて助けて」の頭悪い展開ですが、そんなのばかりではないことが伝わると。

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