不登校・引きこもりからの大学進学塾

和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ

「今日は父上の機嫌伺いに行ってみるか」

有閑の折、池波正太郎の「剣客商売」を読み進めるうち、何とはなしに登場人物の秋山大治郞と自らを重ね始め、寸時、日本橋は人形町まで足を伸ばし、父(小兵衛)の診察に出向く近隣の健保会館近くにて、鮨をつまみつまみ昼餉を共にした次第に候ふ。

 

「おお、大よ。久しいのう、息災であったか」

「父上もお変わりないようで」

子らも独立し、後はいつとも知れぬ孫の姿が楽しみなためか、すっかり好好翁然なりし父も、

「まだまだ時流に落伍してはおらぬ」

とばかり、矍鑠とした歩みにて、安堵を誘うこと幸甚の至り。

「昨今、老人は75をその初めとするよう検討されておるようじゃの。お上の年金政策も、楽隠居を容易には許してくれぬらしい」

「近頃のお年寄りは元気にございます」

「はっはっは。違いないわ」

 

馴染みにて、二人して鮨をほおばりながら、昨今流行りし「えいあい」に続き、「びっとこいん」「ぶろっくちぇーん」へと話が進み候へば、

「ふむ、近い将来、この一分銀が使えぬようなる日が来るやも知れんのう」

等と父の語りし様、まことに往事と変わり無く、後に事の次第を弟妹に伝うべく飛脚に託し候ふ。

 

鮨屋近くの辻に、南蛮渡来の「かふぃい」なるものを嗜みし折、題は家族の事になり候ふ。

「……父上、母上はお元気でしょうか?」

「おうおう元気も元気。変わらず診療所を切り盛りしてくれておるわい。大助かり大助かり」

「安心致しました。暫くご無沙汰しております故」

「まあ何じゃ、長年連れ添っておれば色々あるが、助け合ってこその家族じゃよ」

「……ときに父上、家庭にあって最上とすべきは何にございましょう?」

「家庭にあって、とな?」

「左様でございます。私も、この先長く家庭を養って行かねばならぬ立場故、事の要諦を拝聴したく存じます」

「ふむ、そうさな……。敢えて言うなら……」

「言うなら?」

「『和』じゃな」

「『和』にござりますか?」

「左様。十七条の憲法にもある、あれじゃ。和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ」

「諍い無く……でしょうか?」

「いや、そうではない。諍いは、誰彼問わず常時あるもの。諍いを防ぐことは出来ぬ。大切なのは、両者の落とし所じゃよ。戦い、争うていても、最後には両者共に歩み寄り、妥協点を見出す。その姿勢を持つことが、『和』じゃと儂は思う」

「家庭においては、その『和』を最上とするのでございますな?」

「その通り。余程のことが無い限り、家族の縁は切れぬ。離縁したとしても、血の繋がりは残る。切るに切れぬが、家族の縁。それ故、家族同士我が儘を申しても始まらぬ。諍う傍から終を探し、己を省みては相手に至る。『和』の心は深いぞ?」

「拝領致しました。若輩故、至らぬこともございますが、肝に銘じましょう」

「うむ」

「ときに父上、この旨は弟妹にも……」

「そうじゃな。あやつらも、どこかで役立てることもあろう。折りに触れて話そうではないか。丁度良い、弥生の月にでもまた、武蔵国の隠宅に皆で集まるのはどうじゃ?」

「では、私より伝えおきましょう」

「今はもう、田沼様の治世になく、平成の世も末の頃じゃ。南蛮由来の『あいでんてぃてぃ』が言われる事夥しいが、和して同ぜずの少なきこと。大和の頃より音には聞けど、今に『和』を成すことの困難よ」

「……」

「のう、大よ。他家はどうあれ、秋山家の要諦は、『和』にあること、努々忘れるでないぞ」

「心得ましてございます」

 

久しくなりにし父の言葉と共に、三十路過ぎの「ごっこ遊び」もまた、ここに幕を閉じ候ふ。

センター試験お疲れ様&私大医学部受験組ガンバレ!

今年もまた悲喜交々でしたが、大きな事故も無く、無事に終了して何よりでした。(ムーミンとか何とか、色々あったようですが。)早速自己採点を進めて、段階的に国立大の志望先を決める頃ですが、それと平行して私大の試験も始まります。特に医学部はもうスタート段階ですので、気持ちを切り替えて進めて欲しいと思います。

昔と違い、最近は私大医学部の学費が下がってきたこともあり、一般的な家庭からも奨学金を併用した受験生が参入するようになったためか、特に都心の私大医学部は大幅に偏差値上がりましたね。自分達のときからは考えられない位の伸び幅です。CARPE・FIDEMでも、昔は私大医学部は国立の止めでしたが、今は私大が第一志望の人も結構出てきてます。時代の変化でしょうか。

受験に際してよく話していることですが、不登校や引きこもりから大学へ行く際に、所謂Fラン大学行くのは本気で止めて下さい。(特に、20過ぎた人は。)有効度の高い資格が取れる学部なら良いのですが、Fラン私大文系とか、大学にお金だけチュウチュウ吸収されて、本当に何も残らないですからね。それだったら、働いた方がよっぽどマシです。

引きこもり当事者でも、

「気持ち切り替えて大学行ったけど、意味なくて辞めた。大学無駄」

みたいに言う人いるんですが、その場合、ほとんどが底辺私大文系学部で、何も勉強しないで入れる大学です。そんなところに意味があるはずがない訳で、このような事例はあまりにお粗末です。大学の問題と言うよりも、本人の判断能力が低すぎて失敗している分かりやすいケースです。

「学歴があるから評価される」⇒「他の人より優れた部分があるから評価される」

に時代全体が切り替わっているのですから、その程度はきちんと理解して進学すべきでしょう。

他にも、「引きこもりだからダメ」とか、「不登校だから人生終了」とか言う人もいますが、実際はそんなことはまずあり得ません。しかし、「無能だからダメ」「何も出来ないから人生終了」は十分あり得ます。(と言うか、実際に既に発生しています。)無能だから人生詰むのであって、引きこもりだから、不登校だから詰むのではない。なら、有能になれば良いだけのことです。

丁度、今日面談にいらした方も、

「20前半はバイトだけで生活して来ましたが、これはもうダメです。未来が無い、先が見えない。時給1,000円にも満たないと、時間だけが消費されてしまう。今は兎に角、時間が勿体ないという意識で一杯です」

と話をされていましたが、その感覚こそ重要だと思います。時間給800円程度で使われる人がいる一方、時間給1万だ、5万だ、10万だの人達が普通にいて、寧ろ世界全体では、後者の方が需要が多いという実情に気付くことが、自分の方向性を変える良いきっかけになるのだと思います。

因みに、この手の話をすると、必ず一定数、

「そういう金持ちは、貧しい人から搾取している薄汚い連中だ云々……」

のような、社会主義発想満載の人達が発生するのですが、時代をわきまえて話しましょうな。「搾取」なんて単語自体、40年前でさえすでに通用しなくなっているのに、まだ平気な顔して使っている人がいるのですから、驚きです。「お前はどんな劣化マルクスだよ」と。

日本だけ見ても、明治時代から、大正、昭和、平成と、人々の生活が、国家単位から企業単位にスライドし、これからは個人単位に変わって来ています。つまり、先進工業国は、「結局は、その人次第」という、究極の個人主義社会へと変化している訳です。こんなに面白い時代は中々無いわけで、今に生まれ合わせたことは、大層な幸運だと思いますね。「搾取」だ何だ言ってる段階で、もう流れの後塵を拝しているのであって、そんな他人の足を引っ張るような退屈な人生に、一体何の意味があるのですかね? これほど自由に何でも出来るのに。

社会と時代が何を自分に要求し、どこに向かっていて、そしてどうやって自分を社会に合わせていくのか。私自身にも言えることですが、一番重要なのは、平素の地道な努力であることを肝に銘じましょう。高々大学入試程度でも、それ位のことは、分かりやすく教えてくれますしね。

続・「何故長期高齢引きこもりは叩かれるのか?」

以前記事にした話題

「何故長期高齢引きこもりは叩かれるのか?」

http://www.carpefidem.com/2017/12/12

の続きがありましたので、寸感を。筆者の方は前回と同じですが、前と比べたら、当事者側の奇妙な発言を入れてない分、相対的に見て「マシな」書き方になってると思います。ただ、やはり現実とは決定的に違うことが書いてありますので、そこを指摘しておきます。

国がいよいよ本腰を入れる「引きこもり支援事業」の本気度とは?

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180111-00155399-diamond-soci

 

端的に言えば、

1:社会参画を望む高齢引きこもりへの対策に国が13億円の予算を組んだので、

2:社会に出たいけど出られない人達の手助けになるといいね。

3:まあ、産経新聞のトバしは認めらんないけどね。

です。3の主張は相変わらず微妙ですが、1と2は事実関係だけなので、総合的には無難な記事だと思います。

筆者の方の1をまとめると、

〇「就労準備支援事業」による、脱ヒキ用家庭訪問と、地域就労のマッチング

〇「ひきこもり地域支援センター」に対する予算拡大

〇担当者教育を行う「ひきこもりサポーター養成研修」・「ひきこもりサポーター派遣事業」

〇引きこもり当事者に対する「情報のプラットホーム」「居場所」への援助

となります。

 

因みに、方向性自体を云々言うつもりはないのですが、コレ、予算のゼロが二つ三つ足りません。13億円って言うと、個人レベルでは凄そうに見えますが、都道府県で均等に分けたとすると、2800万円もないですからね。地方都市に戸建ての家買う位しかない。都心だと、ワンルームマンションすら買えない。家計で考えると、子供の小遣いのようなものです。

無論、都道府県も出しますから、多少は増えますが、それでも5,000万円超える位のお金しかありません。これを、また更に市区町村に分けるわけで、末端に来たときは数十万~数百万円にしかならんです。決定的に金が足らない。

前の記事でも書きましたが、長期高齢引きこもりの問題が手遅れなのは、筆者の言う「自治体の事業が当事者のニーズに十分寄り添えていない」とかいう、自治体バッシングで死者に鞭打つような根性論や精神論ではなくて、単に金不足・マンパワー不足なだけなんですよ。実際、自治体側でも、「事業化しにくい」「事業化していない」と「事業化したいが予算面で困難」と挙げているようですが、そりゃそうですよ。脱ヒキにかかる人的予算と、その後引きこもりが稼ぐ税収とのバランスが悪すぎる。長期高齢引きこもりの場合、アルバイト出来るだけでも万々歳なのに、そのレベルの所得税って、頑張ってもたったの5%ですよ? 自治体予算の住民税なんて、最初から徴収不可じゃないですか。

ただでさえ「三割自治」なんて言われて金不足の地方自治体に、これ以上のことを求めるのは無理ではないですか? 筆者の方は、自治体に親でも殺されたのかと勘ぐる位です。

これは私個人の意見ですが、恐らく、厚生労働省の方では、現行の長期高齢引きこもりは事実上無視する形で動いていると思っています。とは言え、ウルサイ人達もいて、何もやらないのも問題なので、とりあえず表面的には「私達一生懸命動いてますよ」アピールはするはず。これが、この13億円の実情だと思います。似たようなことが、老人介護の問題でもあったので、それと同じ戦略でしょう。

ただ、これを見て「厚労省はけしからん!」とか言うのはどうかと思います。寧ろ、経済性やモラル面から考えれば、現実的でバランスの取れた、非常に頭の良い判断をしていると思います。今後も予算を段階的に微増させることはあると思いますが、本気出すことはないでしょう。厚労省的には他にもっと重要なことがあるので、それらしいポーズだけしておいて、手遅れ系は実質的には見捨てる方向で動きを固めてるでしょうな。お金無いし。

 

因みに、上記事業についてですが、

〇「就労準備支援事業」による、脱ヒキ用家庭訪問と、地域就労のマッチング

について。家庭訪問は有効だと思いますが、これのネックは「人件費」でしょう。アウトリーチは有効性はありますが、兎に角金がかかりますし、特に今は人手不足ですから、労働単価を考えると、非常に難しいはず。現場的には、専任稼働人員が1名、兼任が2名とか、そんな感じになると思いますね。それでも、結構良い方かも知れません。

次の地域就労マッチングですが、これはまず上手くいかんと思いますよ。最低限、当事者を地域外に出さないとダメ。

引きこもり当事者は、地域社会を恐れていますからね。特に田舎の方だと、地域社会自体が狭いので、

「マッチングで入った会社の社長が、中学時代の後輩だったでござる」

とか、

「あれ? 役場の福祉で来たって言うあの太った男、昔の部活の先輩じゃね?」

なんてことが頻発するわけです。歪んだプライドしか残ってない彼等に、そんなことが耐えられると思いますか?

「脱ヒキ練習で来やした、無能なおっさんヒキでっす! 昔の後輩社会の先輩、オナシャっス!!」

とか言えれば良いんですけど、そんな人なら引きこもらないですからね。まあ、無理。

やるなら、都道府県単位で住所を変える位の方が無難ですな。ネタ扱いですが、北海道のおっさんヒキと沖縄のおっさんヒキを交換するとか。東京の長期ヒキと大阪の長期ヒキを交換するとかの、引きこもり交換留学制度とかね。

冗談はさておいて、要は、「自分のことなど誰も知らない新天地で、次の人生やり直し」ってことです。スネに傷のある元受刑者がやったりするアレと同じね。名付けて、「脱ヒキ湯けむりスナイパー戦略」。

そこそこ大人しくて、お年寄りとか好きな当事者だったら、マンパワー不足の限界集落で、日常生活を有料でお手伝いする自営業とか立ち上げても良いと思いますね。1時間1,000~2,000円位で、家の電球変えたり、掃除を手伝ったりする、簡単なホームヘルパーです。平均年齢60歳とかの世界だと、40代とか激若手ですから、重宝されますよ。

引きこもり当事者に必要なのは、安定的肯定感です。何のかんの言っても、誰しも人から必要とされていることが重要なわけで。そこを外すと上手くいかんでしょう。ヒキ履歴のあるエリアからの離脱は、案外有効なんですけど、まあ、これも結局はお金次第ですか。お国がやることではありませんな。

〇「ひきこもり地域支援センター」に対する予算拡大

〇引きこもり当事者に対する「情報のプラットホーム」「居場所」への援助

の二点は良いと思いますね。予算増やして悪いことはないと思います。

〇支援担当者教育を行う「ひきこもりサポーター養成研修」・「ひきこもりサポーター派遣事業」

についてですが、これ自体は悪くないと思うのですが、何かデジャヴが……と思っていたら、思い出しました。

昔「引きこもり支援相談士」なるものがあって、当時は関係者がワイワイ言っていたのですが、アレ、どうなったんでしょうか? 実際に取った人に聞いたところ、要は、脱ヒキした当事者に資格取らせて、引きこもり後輩の指導をさせようっていう、誰でも取れるFラン資格でしたので、

「こんなの意味ないから止めた方が良いよ。予算の無駄だよ」

と話したところ、当事者やその周辺の方々がお怒りだったので黙りましたが、その後全然話題に出ないですね。本当に機能してるんでしょうか? 実際に取った彼も、

「『時給5,000円の仕事がある』と言われたので取ったのに、実際に取ったら『そんな仕事無い!』って言われました……」

なんてこと話していましたが。

あまり言いたくないですけど、価値の無い認定制度に予算投入するから、本当に必要なところにお金が回らないんだと思いますが、その辺のところどうなんでしょうか? 少なくとも、同じようなルートにならないことを期待しますが、何というか、引きこもり関連って、こういうやっても意味ないもの多い気がします。

 

以上、まとめると、「長期高齢引きこもりへの本格的対策が始まった」のではなく、「極力普通の人達から悪者が出ないように工夫しながら、長期高齢引きこもりの終末期安楽死政策が始まった」の方が、幾分正しいというのが実情でしょう。

不登校から始まるエリート層教育の多元化

日本の現行の教育課程は6・3・3・4制、つまり、小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年となっています。ただ、CARPE・FIDEMでの教育現場で見る限り、中学と高校の6年間は、3年程度もあれば十分に終了可能で、主要科目に絞れば、賢い子なら2年でも何とかなるでしょう。

つまり、基礎学力に限定すれば、「中学3年生段階での大学受験は普通に考えて可能」ということです。

実際に入試問題を見てみると分かりますが、日東駒専と呼ばれる大学レベルの場合、実質的な要求学力は、高校受験での有名進学校と同じ程度かそれ以下で、統一的基準で測れる英語で見ても、高校受験の方が難しいことも珍しくありません。受験こそ出来ませんが、中高一貫校の優秀な中学3年生は、15歳でMARCHレベルの大学は普通に合格しますので、飛び級制度がないために表面化しないだけで、学力上の「実質的飛び級」はずっと昔から発生していると言えます。

因みに、これは不登校の教育現場でも同じで、CARPE・FIDEM内部でも、大学進学年齢に達する前に医学部合格レベルまで進んでしまう子は、特に珍しい話でもありません。開成や灘、筑駒・麻布のような一流校の少なからぬ数の学生さんが、16歳ちょっとで東大A判定になるのと同じことです。

 

昔から感じていることですが、日本の教育システムは、中~下層をアレコレ変える必要はないと思います。

「日本の教育は、知識詰め込みで云々……」

とか何とか言われていますが、基本的に最低限の知識が無いと、そもそも教育が始まりません。そのため、詰め込みの足らない下層ほど、詰め込み重視にした方が利幅があります。「頭空っぽの方が、夢詰め込める」のは、ドラゴンボールの世界か、或いは頭の良い人達だけの話です。

一方、上位層は放っておいても、勝手に知識を取り込みますし、自発的に勉強もしますから、大切なのは「自由度」と「裁量権」ということになります。この点、現行の上位層向け受験システムはイマイチかも知れません。

個人的にお薦めしているのは、試験システム自体は変えず、受験年齢を自由にすることです。賢い子は、12歳で東大を受験可能にするなど、入試の年齢的制限を止めるのです。また、日本は飛び級を嫌いそうですので、一度合格したら、18歳以降何歳で入学しても良いことにして、合格結果を継続利用可能にする。例えば、15歳で京大に合格し、18歳までは高校も含め自由に活動し、18歳で入学する、等です。

たったこれだけでも、かなりの変化が出てくると思います。海外の大学を狙いたい場合は、先に東大や早慶を滑り止めで合格しておけば楽ですし、15歳位で先に大学を押さえておいて、適当に高校へ通いながら、18歳まで起業活動をする人も出てくるでしょう。

「今の大学システムは遅れてそうだから、システムが変わってから入ることにして、20代のうちは世界中回ってくるわ」

という人も出てくるでしょうし、

「子供には自分の事業を継がせたいので、事業継承も兼ねて、10代のうちから現場を見せておきたい」

なんて、帝王学的発想を持った親御さんの要望も出てくるかも知れません。大学合格から、大学進学までの数年間を自由に使って良い、という時間的裁量権は、未来のエリート層に大きな影響を与えると思います。

可能なら、彼等の活動に対し、国から積極的な資金援助をしても良いと思いますね。例えば、18歳になる前に国立大に受かった場合には、自由活動費用として、18歳まで年間100万円までの必要経費を認める、なんて良いと思います。優秀な層には、それ位の遊びがあった方が、先が明るくなります。

日本の教育システムは、リーダー格のエリート層教育が下手だと言われていますが、それは自由度と、学生側の裁量権の無さが原因です。そう言う意味では、例えば早慶の附属校のようなシステムはバカに出来ません。今の社会では、大学受験のスコア競争に勝った人よりも、そこそこの賢さを携えた上で、幅広く世界を見た人の方にこそ需要があったりしますが、大学附属校システムは、ある意味それを可能にしていると言えます。

今になって、

名門高校⇒一流大学進学⇒大学中退⇒引きこもり

なんてシャレにならない群が一定数いることからも、単なるスコア獲得競争には価値がなくなってきています。スコアさえ取れない底辺層は昔から大体が低評価ですが、スコアしか取れない人間もまた、今になって社会的価値を認められなくなってきているのでしょう。

不登校の教育現場では、教育がかなり自由に出来るため、結果的に、私も運営しながら上記のような可能性について考えるようになりました。叩きたがる人もいますが、何のかんの言って、既存の教育システムはシステムで結構優秀だと思っていますし、学校制度の枠組みを変える必要もないと思います。しかし、そこに大学受験の時間的裁量権を加えるだけで、日本全体のエリート教育は、一挙に加速するような気がしています。

枠から外れた子達のエリート教育が、枠内のエリート教育に繋がると、これからの日本ももっと面白くなると思いますね。

長期高齢引きこもりの現場模様

偽らざるところ、長期高齢引きこもりの多くが、大なり小なり以下のような家庭にいるのですが、個人的には、この種の実態をきちんと出してくれる媒体が増えるよう期待しています。

「あの子は私がいないとダメだから――」 52歳ひきこもりを支える81歳の母
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180108-00535228-shincho-soci
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/01080557/?all=1

長期高齢引きこもりの周辺は、大体の場合で「嘘」がとぐろを巻いています。いかに自分達が間違っていないか、社会や自分以外の家族に問題があるかを熱弁したがる人達は珍しくないのですが、そんなものは大体「嘘」です。親は親でおかしいし、当事者は当事者でおかしい。自分のミスを棚に上げて、嘘ばかりついているから長期化するので。

因みに、手遅れ系引きこもりの親の会って、大体こんな感じの人達ばかり残ってます。結構なお年のお父様で、引きこもり業界の有名な人が、

「これまでは、引きこもりは親が悪いと言われてきた。しかし、実際は社会の姿勢が云々……」

なんてドヤ顔で話をしていたことがありましたが、失礼ですが、もうアホかと思いましたね。

そのお父様自身、息子と音信不通の上、下手すると刺される可能性すらあるので、連絡先が分からないようにしていた、なんて実態が、ろくに話もしたことのないボランティア関係者からさえ、ダラダラと漏れ聞こえる訳です。そんなことは脇に置いて、「社会ガー」なんですから、もう何が何やら……。まともな人達なら、「何言ってんだこの爺さん……」とか思いながら聞いていたんじゃないでしょうか。

大体、何で問題を解決出来なかった、寧ろ問題を拗らせたような人が、社会に責任転嫁してドヤ顔になるんでしょうかね? 成功した人がドヤ顔するなら分かるんですけど、成功した人達程、自分の問題を静かに分析し、静かに社会に出ていくのですけどね。

多分ですけど、皆、

「結局、あんたらの躾が失敗しただけでしょ? 何でそのしわ寄せを社会に押しつけるのよ?」

とか思ってるんだと思いますよ。「家族の中で失敗したなら、家族の範囲で押さえてよ。外に出して迷惑かけないでよ」ってのが、普通の人達の普通の本音です。

無論、相談は良いと思いますし、第三者の協力は必要だと思います。そこは否定しません。しかし、長期高齢引きこもりの場合、自立なんて二の次三の次で、「最終的には生活保護」みたいな考えの人達がゴロゴロしている世界ですからね。生活保護狙いなので、「私は〇〇障害」「僕は××症候群」のように、障害判定貰うことに必死だったりするんで。そりゃ必死でしょうな、親が死んだときの寄生先を確保しないといけないのですから。まさに、引きこもり生活死活問題。

この点ばかりは、引きこもりの「税金窃盗」を防ぐ意味でも、行政側での水際戦略に期待したいところです。生活保護は、一生懸命生活を立て直そうと努力している、本当に必要としている人達に回してあげるのがスジですし。

これからは、長期高齢引きこもりの暴発事故は増えるでしょうが、彼等のすべきことは、「社会様に迷惑をかけない」の一点に尽きます。より具体的には、

1:社会の中で普通に生活している人達に危害(物理的・精神的)を加えるな。
2:社会の中で普通に生活している人達の金(税金・社会保障制度等)を盗むな。

の二点でしょうか。後は、好きなだけ自由にしたら良いのではないでしょうか、親御様のお金で。

親は親で、PL法(Product liability)即ち、「製造物責任法」に則る形で、我が子の製造に対する責任を負えば良いと思います。社会に出た子供にまで親が責任を取る道理は無いと思いますよ。だって、その場合は社会全体にも原因ありますもの。親だけが悪いのではない。

しかし、社会に出てないなら、問題はほぼほぼ家庭内だけですから、親の責任は重大です。と言うか、親と本人以外の何処に問題があるのか疑問な位です。

私もこの業界それなりに長いですが、仮に引きこもっても、きちんとしている家庭はきちんと解決しています。アレコレ言い訳する人達もいますけど、結局は引きこもりも「家庭の品質」問題なだけです。

「低品質な家庭では、引きこもりも長期化する」

単にそれだけのことなんですよ。

嘘偽りなく、当たり前の事実を、ありのままに出力してくれるメディアが増えてくれれば、引きこもりの問題も良い方向に向かうでしょう。今みたいに、死ぬまで引きこもりたいがために、どんどん「嘘」を作り、挙げ句の果てには、そのお相伴に預かろうとする変な支援関係者まで出てくるようになると、一般の人達だけが損をするモラルハザードにしかなりません。

普通の人々が、長期高齢引きこもりとその親達の実際の姿をきちんと目視し、家庭運営における反面教師として生かす。これこそ、長期高齢引きこもりとその家族に出来る、最高にして最後の社会貢献ではないでしょうか。

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